介護保険と「家族愛」について

 朝日新聞(2004年10月26日付、10面)の「私の視点」の欄に、ALS患者、山田悟の投稿文「介護保険 家族愛が生きる制度改正を」が掲載されました。ALSとは筋萎縮性側索硬化症のことで、次第に前身の筋肉が萎縮していく病気です。山田はこの病気を宣告されて7年目を迎える患者で、妻が介護を全面的に行っているそうです。とりわけ夜間の介護は大変といいます。2時間ごとに寝返りをさせたり、時折たんを取り除く必要もあるため、妻はぐっすり寝ることができません。しかし、妻は「2人の今の時間を大切にしたい」と主張し、献身的に介護しているそうです。その背景には、妻が、夜間に他人が自宅に入り込むことを嫌っている事情もあるそうです。
 山田が投稿文で主張しているのは、こうした「家族愛」に基づく介護に、介護保険が適用されないのはおかしい、ということです。現行の介護保険では、家族が直接介護すると、せっかく払い込んだ保険料は無駄になってしまうのです。制度を利用しようとすると、在宅介護を行う事業者のヘルパー等に介護してもらうことになります。しかし、事業者の「質」に問題がある場合があります。またそれ以上に、「愛」に基づく介護行為が、カネに基づく行為に置き換えられてしまう点が一番問題だと、山田は主張しています。
 私は、山田の主張は一理あると思います。家族が介護すると損をするというのは、公平性の観点から問題があります。さらに、山田の場合には、介護の「質」が命を左右するので、介護の「質」は極めて重要です。長年連れ添った妻だからこそ、ア・ウンの呼吸で介護できるという側面があると思います。だから、家族による介護か、ヘルパー等による介護か、選べるように介護保険制度を改正する必要があるだろうと、私も考えます。
 下夷(2004)によると、介護保険では介護の社会化とともに、介護サービスの促進という観点から、家族介護に対する現金給付は行われません。これは、介護保険の導入の段階から大きな議論となっていた点だといいます。そのかわり、2002年4月現在で、全国の市町村の61.9%で、一定の要件を満たした家族介護者に対して、慰労金が支給されているそうです。下夷も、現在の高齢者介護の多くは家族が担っており、介護保険のなかに家族介護への現金給付を制度化することは、理論的には必要だと述べています。そして、ドイツの介護保険では、家族介護への現金給付が行われているそうです。しかし、家族介護の規範が強固な現在の段階で現金給付を導入すると、介護の社会化は後退してゆき、むしろ家族介護を強化する危険もあると、下夷は述べています。(下夷美幸2004「家族と社会保障」、『家族革命』弘文堂、207〜213頁)
 私は、上記の山田の主張にも、下夷の議論にも全面的に賛成します。しかしながら、山田の「日本人が長らく育んできた、家族制度における家族の情愛を、切り捨てないでほしい」という投稿文の一文には疑問を持ちます。愛情を持って介護している、あるいは介護したいと望んでいる家族が存在することは否定しません。それは、素晴らしいことだとも思います。しかし、それは「家族」だけに限定されるのでしょうか?親友であったり、信頼を寄せる先輩や後輩であったり、近所の人々であっても理論的にはよいわけで、必ずしも「家族」に限定する必要はないと思います。例えば友達が、交代で介護する場合もあるでしょう。「家族」という資源は限られており、「家族」にこだわると、少数の人が介護の負担を背負うことになる危険があります。
 「家族介護」の現金給付を検討する場合には、「家族」か「家族」以外かで、線引きが行われてしまいます。「家族」以外の人が献身的に介護をする場合には、どうすればよいのでしょうか。彼ら/彼女らには、ヘルパーなどの資格が必要になるのでしょうか。「家族介護」を制度化する場合にも、検討すべき課題が山積しているのだと思います。