「受精卵診断 男女産み分け」(朝日新聞2004.2.4.夕刊)

 神戸市の大谷産婦人科の大谷徹郎院長(48歳)が、学会申請せずに、男女の産み分け等のために受精卵診断を実施したと発表した。受精卵診断とは、体外受精した受精卵を選別する目的で、受精卵を子宮に戻す前に行う検査のことである。日本産科婦人科学会では、重い遺伝性の病気の場合に限り、受精卵診断をしてよいかを個別に審査するとしているが、これまで認めた例はないという。大谷院長は、学会への申請をせずに、受精卵診断を実施した。 大谷院長が受精卵診断を実施した1例目の女性は、女児の出産を強く希望しており、男児を妊娠して中絶した経験があったという。2例目の女性は、医者で専門知識もある女性で、3例目の女性は染色体に異常が起きることに不安を抱き、検査を求めてきたという。大谷院長は米国で遺伝子の研究をしてきたので、染色体を特殊な染料で色づけして診断するFISH法には慣れていた。そして、欧米では受精卵診断はごく普通に実施されていると大谷院長は述べた。
 なぜ、男女産み分けのためにも受精卵診断を実施したのだろうか。それは、男児を妊娠して中絶してしまうよりは、受精卵診断をして女児を妊娠させる方が、女性の身体に負担にならずによいと大谷院長は判断したからだという。いわば妊娠中絶による産み分けよりも、受精卵診断の方が女性の身体に考慮した方法だと言うのだ。また、学会申請せずに受精卵診断を実施した理由は、学会の基準は厳しすぎ、仮に申請したとしても3例とも却下されるだろうと判断したからだという。
 しかし、大谷院長は「産み分け」は実質的には全国で行われていると述べた。超音波検査などで性別が分かり、望まぬ性であれば妊娠中絶ができる。また、体外授精でも複数の受精卵をつくって元気がいいのものを子宮に戻すのだから、選別と言えるという。
 都内のある不妊クリニックの院長は、男女の産み分けを求める夫婦はおり、「体外受精で男女を判断することは技術的にはごく容易なこと」であり、「水面下で実施している施設はある」と話す。また、人工授精で男女産み分けを実施している施設もある。都内のクリニック院長は、年間数例実施しているといい、「成功率は8割。学会の指針が時代にそぐわない」と言う。精子の重さの微妙な違いを利用するのだが、効果や安全性は疑問で、日本産科婦人科学会は指針で禁止している。
 今回の受精卵診断による男女の産み分けの公表は、ショッキングでだったが、実質的には「産み分け」が全国各地の産婦人科で行われている。私は、どうしても女児が欲しいとか、障害のない子どもを産みたいというカップルの気持ちは理解できる。でも、受精卵診断、人工授精による男女の産み分け、体外受精後の受精卵の選別…、これらは安全な技術なのだろうか。まず、生まれてきた子どもには、選別が行われたことによる影響は及ぼさないのだろうか。さらに、こうした選別が行われることによって、人類はいかなる影響を受けるのか、あるいは何ら影響を受けないのだろうか。また、こうした技術が水面下であるにせよ全国的に実施されれば、男児や女児、あるいは「健康」な児を求める女性への圧力は強まるだろう。生命の選別の安全性と、女性に対するこうした圧力の強まりを、私は危惧する。